Blue Lotus かずみ

kazumiです。

夢は、行ってみたい国々を旅する。
インヨガ、坐禅、WATSU の身も心も拡がる心地よさに身をまかせることが大好き💕

北スコットランドの自然と調和して生きるを探求、実践しているスピリチュアルなコミュニティー、フィンドホーンで誕生した『トランスフォーメーションゲーム』を開催。フィンドホーンより先生をお招きしてFacilitaror育成トレーニングもコーディネートしています。

記事一覧(49)

猫Guess 独り言 「誰が夢のバスを運転している?」

気づき= 認識・意識についてこの世界のルールやマナーは、好きだが厄介。ルールそのものも、優しさ、愛、思いやり、尊重………それらの純粋なエッセンスにさえ 人間のそれぞれの色がついてしまうことを、人は知らない。意識に変化が起こると、セパレーションしている と思い込んででき上がった自己という産物は、この間までの過去の空間へ戻ろうとする力が働く(笑)ご多聞にもれず、それが、起きた、現れた 。いつもなら 私の 「心底嫌で面倒で人間嫌いになるお困りごと」「誰が夢のバスを運転しているの?」(爆笑)しかし、それが起きたと対応するphysical realで、心臓はバクバクし、胸のあたりが苦しくなった。『「私」に起こっている出来事』という意識は、緊張というカラダが硬く閉まる反応を起こす。起きてる事、観てるもの を そのまま に。自動的にそれが起こる まで ないはずの 私 という概念という意識も頭をもたげる (笑)知らないということを知らない→知らないということを知っている→知っているということを知っている→自動的ニューバージョンのレッスン 1 が起きてる(笑)この動画の中にある true essence を 発見 するようになるには?と、野心が起こるし、「私の」理解欲という意識がおこる。「私のもの」とは 厄介だ、そして同時に気づきという認識、意識のエッセンスだ。『自作自演の悪い冗談 』とは よく言ったものだ💦書きながら笑えてきたわ。このレッスンは、ひっかかりきらなかったよ。

猫 Guess の独り言 Co -Creations (OPEN SPACE)

ミラー 存在する 猫Guess の独り言

人が生きる という事をちょうどこの写真が表してくれている。眼に映る世界、耳で聴こえる 世界、思考する世界が 世界と呼んでいるもの。人間は、その人特有のなんらかを受信し、なにかを想像し、なんらかの行いをし、なんらかの認識や気持ちになる。必死で生きなければならない時代には、ヒーリングもセラピーも今より少なかった。ヒーリングや セラピーが盛んなこの時代、豊かでゆとりがあるのだと思う。 その分、感情と思考というマインドさえも物質のようになってしまい、うまくバランスが取れていないのではないだろうか。個の自我 の中に いる とき、(私 があると100%信じている私たちにとって)それは当たり前のこと。愛がないとだめ、親切でないとだめ、成功しないと、ちゃんとしないと、だめ、だめ、だめ……こうだったら…、あ〜だったら…という思い、思考と感情がくっついた愛着が、「私」 を制限する。このように、頭、思考中心に 生きている と なぜか 理屈や 理由や意味や価値のようなものが「私」の支えになる。しかし、どうだろう………この美しい色の世界 をみてこの 肉体に しっかり と 存在していたら  美しいなぁ  と受け取りこの色の世界に包まれたと想像しそっと手を合わせ 世界に祈りをしありがたい と 認識 が起こる………かもしれない。「私」が「私」を自由にできる 唯一だと、気づこう。自我の思考、というより 自我そのものが思考なのだが、それが無いとわかると、よく言われている  「本物の私、ありのままの私」へ 戻る。俗に言う  私 を 超えた 、私 という思いや考え、感覚がない    ものへ 移行するだけなのだ。それは、簡単に 言えば、 私 の 感情、私の考え という 私の心もようの感情の感覚ではない。  「 嬉しい、楽しい、ありがたい、しあわせ」 というかんかくそのもの。source  というバイブレーション(波動)が私と呼んでいるものだ と気づくかもしれない。すると、 「私の意図」だった私が所持していた意図は、所持するものがいない 何にもくっかない純粋無垢な意図が 現れる。生きることも、そこに存在するあらゆるものやこととの関係も 純粋無垢な意図から なされる。そこに 私は ない。自我は、決して悪いものではない、むしろ 本来の姿の出現を助けてくれる、最高の資源のパッケージなのだ。そのパッケージされた資源が、私が何者かを教えてくれる 力になる。あなたのいる場所を 愛しなさい。あなたの周りにいる人たちを愛しなさい。あなたのやっていることを愛しなさい。…………。これは、Findhornで、ある人が教えてくれたピーター キャディの言葉だ。多分、こう続く………あなた自身を愛しなさい。このことからの気づきは、個性から入り、個性を慈しむことで 個性の先を観ることができる実践版だ。個性を愛し、抱きしめ 、また同時に 個性がないということをも知っている。個性の側面からみたとき、人は ソースのエッセンスでこの世界に誕生し 「私」をとおして「私」を知る 旅をする。そして「大いなる 私= 感性、認識」は、大いなる 創造をする。同様に創造の源の現れから存在すると、私のない 率先したありようが自然に起こる。過去の 「小さな 私」の喜びから   所有者のない 「喜び、しあわせ」のバイブレーションに変わる。こうなると 自身と呼んでいたものが 世界だった とわかるだろう。私 という 視点 から  全体 (大河の一滴でもいいかも)の視点 、それが本来の 私 という もの。だれでも、なんでも創造できるのだ。楽しいね。

薔薇 の贈り物 猫 Guess の独り言

写真は屋上ガーデンンで育てているバラたちです。私の1番古い記憶は2歳くらいの時のものです。それは、姉たちがビーチボールをポ〜ン、ポ〜ンとつく音と庭先のバラの大きな株から心地よい風と一緒に薔薇の香りがしていました。その時の私には、何が起きていたのか、その意味は、わからなかったと思います。いま、言葉で表すと「縁側のある畳の部屋で、風のふんわりとした感覚や薔薇の香りに包まれ、てうっとりして放心していた」ことです。これは、数年前のプロセススキルとトレーニングWSで1番古い記憶を探した時に出てきました。この記憶は、私とどう関わっているか。『放心』『委ねる』など、私と言うものから 離れた  幸福 というessence (感覚のみ)。いわゆる、瞑想の 「あるがある」感覚です。私は、バラの香りが大好きです。バラの芳香は『喜び』と言われており、気持ちを高揚させ、幸せな感覚を人々に与えます。かつて若い頃、つらいことがあった夜などには、どこからともなくバラの香りが鼻先に漂ってきたものでした。記憶でアンカーリングされた、バラの香りは、いつでも 思い出すことができます。何か特別なお気に入りの状況、もの、ことがなくても、香りを思い出すだけでも、いつだって世界は安全で安心できる「幸福 」そのものです。このバラの香りの記憶は 「私は何者?」と問いかけてきます。すると、思考が消えた  私と呼んでいたものは、バラの香りです。 今朝、なんとなく「私」というものを みていたら、「私」 の実存がなかった。あるのは、個性から 離れた 感覚   だけだでした。感謝や喜びや幸せ 。バラの香りは、個性(分離したわたし)を 「それ 」へ 戻します。私という個性にとって、俗世での1つの強力なリソースです。当時、我が家では庭先に畑と兼用で草花や果実のかが在りました。バラ、あやめ、スピルリナ、ダリア畑、矢車草、タチアオイetc……いろんな花が咲いていました。そんな環境で育ててくれた 母に感謝を込めて。

Transformation Game ®️ とは? 6月15日(土)名古屋で開催します。

『Transformation Game ®️とは?』多くの方に TransformationGameの 本来の内容を 知って欲しいと思い、長年コンタクトパーソンとしてGame (Deva) と共に働いて、知っている内容を書いてみました。Gameが本当に目指すところを知ってもらえますように!ぜひ、読んでくださいませ。Transformation Game ®️ とは、いったいどのようなものなのか⁉︎Gameとネーミングされた意識についてワークするこのツールは、北スコットランドにあるFindhornコミュニティのメンバーの1人の発案者と仲間たちによって創られました。今では、みなさんエルダー(長老)として、若い世代の人々をサポートしています。Findhorn財団は、世界有数のスピリチュアルなコミュニティです。そこでは、さまざまな教育プログラムがあり、世界中から多くの人たちが訪れて学びます。Findhorn財団は、人々の精神的な向上、霊的成長、自然界(目に見えない世界=サトル ワールド、すべてを含むもの)と調和して生きることを探求、実践をしています。近年では、エコプラグラムやCo-Creation conference(Subtle world) が 盛んに行われています。Game誕生のはじまりは、発案者のジョイさんが、Findhornで開かれたトランスパーソナル心理学の第1回目のカンファレンスで聴いた話でした。チベットの僧侶は、お修行に長い年月をかけて行うものがあります。そのお修行は、日常生活で体験したことを修行に反映させるものでした。修行の過程で、覚醒が起こる=「悟」が現れるのだそうです。それを聴き、ジョイさんは、ひらめきました。Findhorn財団の教育プログラムに、数年かけるものがあります。多くの人々は、そのプログラムを終えても、またすぐにそこへ帰りたくなるのだそうです。そこで、しじゅうFindhornへ行きプログラムに参加しなくても、体験することを、経験できる「何か」ないかしらと探していました。それをカタチは、ボードゲームという、とてもコンパクトに して、その中味=意識は、無限にしたものが Transformation Gameです。個性の中のシステム 、マインドを Gameの経験を通じて 霊的な成長へと誘います。Transformation Game UK代表のMaryさんの言葉をご紹介します。🌟 『すべての出来事は、毎瞬、毎瞬、(source )源から現れて、私たちそれぞれを通過して 表現される、sourceの表現である。』Gameは、究極的には、「悟=覚醒 」私というものが、全体 という意識 と 手を携えてワークすることについて提供しています。❣️ 「悟」とは、『ある状態』を言い表す言葉です。 個人の人間が 「悟 る」わけではありません。💡 ご注意 ; Findhornへ訪問すると洞察や気づきが自然に起こる わけではありません。それは、サトルワールド(目に見えない微細な世界、すべて)との共同創造の実践によるものと考えます。古いエルダーたちから脈々と引き継がれてきた 意識 や知性は、ファンタジーではないです。Transformation Gameは、しっかりと自身の上に立ち、その上で、個の考え方、感情という マインドと向き合い、、個を抱擁し、そして個を超えた意識も同時に拡大して行くことを目指しています。結果として、素粒子のつぶつぶちゃんが働いて、目的や夢が実現するという具現化が起こるのかもしれません。「Game」となずけられたこのツールは、通常のGameとは異なります。とてもしっかりした 意識、真理を扱うワークです。インドでは、「人生」を 神のリーラ、「神の御わざや神の遊び」と呼びます。私は、Transformation Game®️のGameというネーミングについてこの神のリーラを思い出します。私たち1人1人の人生を神の遊び心で作られたものと見たとき、このGameのネーミングは、ユーモアにあふれ、神や宇宙、創造の源の 慈愛を受け取っていると思えるのです。「Transformstion Game ®️ワークショップ @名古屋 」6月15日(土) 定員 6名まで。残席 数席ございます。ご興味のある方、ぜひいらしてください。ファシリテートは、ファシリテーター歴13年、トレーナー修行中、企業にて研修 講師を生業にしてますkazumiが 努めます。